吉川 務(きっかわ つとむ、1834年(天保5年6月)- 1899年(明治32年)3月8日)は、幕末の岩国藩士、明治期の公吏・政治家。衆議院議員。諱・資謹、資元。号・芙容、別名・士深。

経歴

周防国玖珂郡、のちの山口県玖珂郡愛宕村(現岩国市)で、長州藩岩国領(岩国藩)主・吉川家の支族の家に生まれた。玉乃世履に師事し陽明学を修め、撃剣を修行した。その後、洋学、西洋兵学を修めた。

銃卒長、大目付、軍監を歴任。日新隊参謀となり鳥羽・伏見の戦いに従軍した。その後、公用人、用人役、岩国藩内務署番長・公儀人、由宇村代官、少参事を務めた。廃藩置県後、岩国県大属となり、山口県権典事を務めて退官した。1872年11月(明治5年10月)岩国学区取締に就任。旧藩主吉川経健が東京に移り、その家扶を1874年(明治7年)から1888年(明治21年)まで務めた。

1890年(明治23年)7月、第1回衆議院議員総選挙(山口県第5区、無所属)で当選し、衆議院議員に1期在任した。

脚注

参考文献

  • 木戸照陽編『日本帝国国会議員正伝』田中宋栄堂、1890年。
  • 篠田正作編『明治新立志編』鍾美堂、1891年。
  • 『衆議院議員総選挙一覧 上巻』衆議院事務局、1915年。
  • 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
  • 上田純雄『岩国人物誌』岩国市立岩国図書館、1970年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。

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