冨田 ふさ(とみた ふさ、1893年(明治26年)10月10日 – 1954年(昭和29年)7月19日)は、日本の医師。政治家、衆議院議員(1期)。旧姓は不明。
来歴
1893年、福井県吉田郡松岡町(現・永平寺町)に生まれる。東京女医学校(現・東京女子医科大学)を卒業し、産婦人科医となる。京都帝国大学病院に勤務し、医師の冨田精と結婚する。1922年に夫とともに京都市で「冨田医院」を開業する。
1946年の第22回衆議院議員総選挙で京都府から女子自由党公認で立候補して3位で当選した。選挙後、選挙期間中に戸別訪問したことが選挙違反に問われ、裁判所から罰金500円の有罪判決を受けた。翌年の第23回衆議院議員総選挙で民主党公認で京都1区から立候補したが落選した。
1954年に胃癌で死去した。
脚注
注釈
出典
参考文献
- 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年11月。
- 岩尾光代著『新しき明日の来るを信ず-はじめての女性代議士たち』(日本放送出版協会、1999年)ISBN 4140804394
- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 朝日新聞選挙本部編『朝日選挙大観』朝日新聞社、1997年。




